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東京地方裁判所 昭和48年(むのイ)545号 決定 1973年5月12日

被疑者 大崎署一七号こと堀実 外一名

主文

東京地方検察庁検察官押谷靱雄が昭和四八年五月七日申立人に対してなした、東京地方検察庁で検察官より接見指定書を受け取り、これを持参しない限り、申立人と被疑者らとの接見を拒否するとの処分を取り消す。

検察官が申立人に対し直ちに被疑者らとの接見につき刑事訴訟法三九条三項の指定を電話等口頭で行ない、かつ、申立人が接見指定書を持参しなくても指定された日時に被疑者らと接見させることをしない限り、検察官は申立人に対し、被疑者らとの接見を拒否してはならない。

理由

一、本件申立の趣旨は、「東京地方検察庁検察官押谷靱雄が、昭和四八年五月七日申立人に対してなした、東京地方検察庁で同検察官より接見指定書を受け取り、これを持参して大崎警察署係官に交付しない限り、申立人と被疑者らとの接見を拒否する処分を取り消す。」との裁判を求めるというにあり、その理由の要旨は、

(一)  申立人は、建造物侵入被疑事件で代用監獄大崎警察署留置場に勾留中の被疑者両名の弁護人となろうとする者であるが、申立人は昭和四八年五月四日東京地方裁判所に、被疑者らとの接見に関し、東京地方検察庁検察官押谷靱雄が同月七日申立人に対してなした、東京地方検察庁で同検察官より接見指定書を受け取り、これを持参しない限り、申立人と被疑者らとの接見を拒否する処分を取消す旨の準抗告の申立をし、同月七日これを認容する決定がなされた。そこで、その後同日午後六時前ころ、同検察官に対し被疑者らとの接見につき連絡した際、右決定にもかかわらず、再び、本件申立の趣旨記載の処分(以下「本件処分」という)を行なつた。しかし、同一被疑者らの被疑事件に関する手続については、新たな事情が生じた場合はともかく、そうでない以上は、裁判所の決定により取り消されたのと同一の処分を更に行なうことは許されないから、本件処分は前記決定に抵触する違法な処分として取り消されるべきである。

(二)  仮りに本件処分に、前記決定の効力が及ばないとしても、本件処分が是認されることとなれば、一般に弁護人および弁護人となろうとする者が直接被疑者の勾留場所に赴いても接見できず、必ずまず検察庁に赴いて接見指定書を受領しなければ接見ができないこととなつて、事実上接見についてのいわゆる一般的指定がなされることと異ならないことになるのであり、また接見指定書の性格は検察庁と監獄との間の内部速絡文書にほかならないのに、弁護人らにこれを受領して監獄の係官に交付するために持参するとの負担を課するものであり、いずれにしても弁護人らと被疑者との本来自由な接見交通に制約を加え、かかる書面なくしては接見を拒否するとの違法な処分というべきであるから取り消されるべきである。

というのである。

二、当裁判所の判断は次のとおりである。

(一)  刑事訴訟法四三〇条により準抗告の対象となりうる同法三九条三項の処分には、接見等に関する積極的な指定処分のみならず、消極的な不指定による接見拒否行為および指定に関する措置により接見を拒否または制限することとなる行為をも含むものと解するのが相当であるから、本件準抗告の申立の対象となつている検察官の行為は刑事訴訟法四三〇条の準抗告の対象となる処分ということができる。

(二)  一件記録および当裁判所が職権で行なつた事実調の結果によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人は、建造物侵入被疑事件につき代用監獄大崎警察署留置場に勾留されている被疑者らの弁護人となろうとする者であるが、本件被疑者両名に対する接見に関し、昭和四八年五月四日東京地方裁判所に、「東京地方検察庁検察官押谷靱雄が昭和四八年五月四日申立人に対してなした、東京地方検察庁で同検察官より接見指定書を受取り、これを持参して大崎警察署係官に交付しない限り、申立人と被疑者らとの接見を拒否する処分を取り消す。」旨の刑事訴訟法四三〇条一項による準抗告の申立をなし、同裁判所裁判官秋山賢三は、同月七日右申立を認容し、検察官の右処分を取り消す決定をした。

(2)  申立人は、右決定の送達を受けた後、同日午後六時前ころ、右検察官に対し、被疑者らとの接見を翌八日正午から午後二時ころまでの間に行ないたい旨連絡したところ、同検察官は、再び、接見の指定は書面で行なうので接見指定書を東京地方検察庁に取りに来られたい、その受領は、代理人でも差し支えない旨述べて、申立人またはその代理人が東京地方検察庁で検察官より接見指定書を受け取ることにより申立人と被疑者らとの接見に関する指定を受け、右指定書を持参しない限り、申立人と被疑者らとの接見を拒否するとの処分をした(なお、本件の処分がなされた時点において、前記決定により取り消された処分と同一の趣旨の処分を適法になしうる可能性を生ずる特段の事情の変更があつたものとは認められない)。

(三)  右認定によれば、検察官のなした本件処分は、前記決定により取り消された処分と全く同趣旨のものというべきである。ところで、前記決定は、右(二)(1)記載の検察官の処分を取り消すというものであるが、申立人の接見の申入れに対してなされた右処分が違法として取り消された以上、右処分は取消しにより存在しなかつたこととなるのであり、その当然の帰結として、検察官が新たな接見の指定をしない限り、申立人に、被疑者らとの接見を自由に許さなければならないこととなるのであるが、申立人が右の接見の申入れに対して未だ適法とされる接見の機会を与えられないままでいる限りにおいては、右決定の当然の効果として、検察官は、右の新たな接見の指定をなすに際し、右決定により違法として取り消された処分の全部または一部と同内容の処分を繰り返し行なうことは許されないといわなければならない。すなわち、前記決定が昭和四八年五月四日の検察官の処分を違法として取り消すとしたことは、申立人が検察官に対し右同日なした接見の申入れに対しては、取り消された処分の全部または一部と同内容の処分を繰り返しなすことによつてこれに応ずることはできないとの趣旨を当然に含むといわなければならない。したがつて、本件事実関係の下では、検察官主張のように、前記決定は昭和四八年五月四日の処分を違法として取り消したのみであり、その効果は同月七日の本件処分には及ばないものと解することは、許されないというべきである。

そうすると、検察官は、前記決定の効果として、それにより取り消された処分と同趣旨の本件処分をなすことができなかつたにもかかわらず、これをなしたものであるから、検察官の本件処分は取消しを免れない。

(のみならず、弁護人および弁護人となろうとする者との接見交通権は刑事手続における被告人および被疑者の基本的な防禦権の一つであり、接見に関する過誤の防止のためとはいえ――もつともかような過誤は検察官の疎明によつても稀であり、検察官が明らかにした事例は弁護人が指定された時間を誤つたものであつて、そのため接見ができなくなつたとしてもそれは弁護人の責任に属することはいうまでもない。――弁護人らまたはその代理人、使者が接見指定書を受領するために検察庁までその都度赴かなければならないとすることは、事実上本来自由な弁護人らと被疑者との接見交通権を制約する効果をもつことは明瞭であり、かつ、指定についての過誤の防止は、自由な接見を捜査の必要によつて制約する検察官の負担において行なうべきことであつて、弁護人らの負担において行なうこととするのは合理性に乏しいというべきである。したがつて、仮に検察官主張のように、前記決定の効果が本件に及ばないとの見解に立つとしても、かような負担を弁護人らに負わせるものとすることは許されないといわなければならないから、本件処分は違法として取消しを免れないものといわなければならない。)

(四) よつて本件準抗告は理由があるので、刑事訴訟法四三二条、四二六条二項により主文のとおり決定する(なお主文第二項は同第一項の当然の帰結と解すべきものであるが、前記決定により違法とされた処分が再び行なわれたことにかんがみ、特にこれを主文に掲記するのを相当とする)。

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